#商標の基礎知識
公開日:
2025/08/06
更新日:
2026.08.04

ビジネスを成長させる上で、自社の商品やサービスを他社と区別するための「商標(ブランド名やロゴマーク)」は重要な打ち手の一つですが、有効活用するためにはルールの理解も欠かせません。
そのルールの中でも重要なのが、「先願主義(せんがんしゅぎ)」と、例外的な救済措置である「先使用権(せんしようけん)」です。
「登録はしてないけど昔からこの商品名を使っているから大丈夫」と思い込んでいると、ある日突然、第三者から使用の差止めを求められるといった可能性もゼロではありません。本記事では、そんなトラブルを防ぐために、これらのルールについて具体例を交えて解説します。

日本の商標制度が採用している原則が「先願主義」です。
ルール自体はシンプルで「その商標を先に使っていたかどうかに関わらず、特許庁に先に出願した者に、原則として権利を付与する」という早いもの勝ちな考え方です。
例えば、A社が2020年から「ジーヴァ・ベーカリー」という店名で商標登録せずにパン屋を営んでいたとします。一方、B社が2025年に同じ名称を商標出願し、登録が認められました。この場合、たとえA社の方が5年早くその店名を使っていても、商標権を持つのは先に出願したB社となります。B社はA社に対して、その店名の使用をやめるよう請求(差止請求)できるのです。
なぜこのような「早い者勝ち」のルールが採用されているのでしょうか?それは、誰が権利者なのかが客観的かつ明確になり、取引の安全性が確保されるためです。もし「先に使っていた」という事実だけで権利が決まるとなると、いつどこで誰が使い始めたのかを証明するのが難しく、権利関係が不安定になります。出願日という明確な基準があることで、商標の有効性が判断できるのです。
では、A社は泣き寝入りするしかないのでしょうか。ここで登場するのが、「先使用権」です。
これは、「一定の条件を満たす場合には、後から他人に商標登録されてしまっても、元々その商標を使っていた者が、引き続き同じ範囲で事業を継続できる」という権利です。
ただし、この先使用権が認められるためには、厳しい条件をクリアし、自ら立証する必要があります。これには、他社の商標出願前からその商標を使用していたことに加え、以下の要件があります。
他人の有名な商標の人気に便乗しようといった、悪意がないこと
これが最大のハードルです。「周知」とは、単に「使っている」というだけでなく、「顧客や取引先の間で、その商標が誰の商品・サービスを指すか広く知られている状態」を意味します。
出願前から現在に至るまで、継続して事業で使用している必要があります。
期間や周知性に明確な数値基準はありませんが、裁判などでは以下のような点が総合的に考慮されています。
使用期間の長さ(例:数年~数十年)
事業の地理的範囲(例:全国規模か、特定の都道府県か)
売上高や生産量が一定量あるか
広告宣伝の量・期間・費用
新聞、雑誌、Webメディアでの紹介実績、Webサイトなどでの使用実績
注意点として、先使用権はあくまで「自分が使い続けられる」という守りの権利です。権利者であるB社や他社に対して「使わないでください」と主張したり、他社にライセンスしたりすることはできません。B社からの差止請求や損害賠償請求を免れることができる、という権利であり、効果が限定されます。
「うちは長年やっているし、地元では有名だから先使用権があるはず」と考えるのは早計です。
まず先使用権が認められるかどうかはケースバイケースで、確実ではありません。そして何より、その「周知性」を証明するための証拠(過去の広告、パンフレット、業界紙の記事、販売実績など)を、自分で集めなければなりません。これは大変な手間とコストがかかりますし、万が一裁判になれば、その負担はさらに増えます。
また、先使用権で保護されるのは、原則として「元々使用していた事業の範囲内」に限られます。例えば、ある地域で人気のパン屋が「先使用権」を認められたとしても、新たに他の地域に出店する際に同じ店名を使えるとは限りません。事業を拡大しようとした時に、他人の商標が足かせになる可能性があります。
実際に先使用権が認められた裁判例を紹介します。ケンちゃん餃子株式会社による、商標の先使用権を有することの確認を求めた裁判です。
「ケンちゃん餃子」の商標について、30年以上の関東や甲信越地方1都11県での使用について先使用権を主張し、これら地域における周知性が肯定されたという判例です。(大阪地方裁判所 平成19年(ワ)3083)
裁判では、当該標章の使用実績や宣伝活動内容(ラジオCMなど)や販売・製造実績といった証拠資料が提出されました。この事例では、先使用権が実際に機能することを示していますが、周知性を立証する手間や、地域が限定されることを考えるとはじめから商標登録しておくことが確実ということも示す事例となっています。
商標のルール、特に「先願主義」と「先使用権」を理解しておくことは、自社のブランド資産を守る上で不可欠です。
「自社は大丈夫」という思い込みが、ある日突然、名称変更を余儀なくされたり、損害賠償を請求されたり、計画していた事業拡大を断念せざるを得なくなったりする事態を招きかねません。商標におけるミスは、将来のビジネスチャンスそのものを失うことと同義といえます。
ビジネスを始める時、新しい商品やサービスを世に出す際は、商標の調査や商標登録について検討することをおすすめします。未来へのリスクに対する、最も確実でコストパフォーマンスの高い「先回りした対策」となりえるでしょう。
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